麻酔学研究室 -Anesthesiology Laboratory-

202麻酔学実験室

麻酔学研究室は、2011年に慶應義塾大学病院3号館北棟の竣工に伴い移転し活発な研究活動を行っています。研究領域は麻酔学のみならず集中治療医学の多岐に及びます。特に、手術侵襲及び急性期重症病態に対して分子生物学的手法を用いて研究を行い、現在、森崎教授のご指導の下、医局員及び博士大学院生を中心として臨床及び基礎研究における様々な課題に取り組み、医学の発展に日々励んでいます。

代表的な研究内容

1)カテコラミンと生体侵襲

急性期重症病態に対するカテコラミン受容体遮断薬の効果
Esmolo

カテコラミンは代表的なストレス導入型の生体ホルモンですが、生体に過剰な侵襲が加わると交感神経系の賦活化に伴い、内因性のカテコラミンが分泌され生体免疫機能を修飾することが知られています。

当研究室ではこれまで急性期重症病態である敗血症に対する β1選択性β遮断薬(β1遮断薬:Esmolol) の効果を検討してきました。β1遮断薬はカテコラミン受容体の一つであるβ1受容体を遮断し、虚血性心疾患において傷害された心筋を保護し生命予後を改善すると共に、交感神経刺激遮断を介して過剰な代謝反応を抑制することが指摘されています。

当研究室では敗血症で惹起される心機能障害に着目し研究を行い、β1遮断薬投与が心筋の自己細胞死を抑制することで保護効果を発揮し、また、心機能をより良く保持することを見いだしました (Suzuki T, Crit Care Med2005;33:2294 –2301)。引き続き行われた研究では、β1遮断薬投与の投与が敗血症を惹起した個体の生命予後を改善し、また腸管壁防御機構を保持することを報告しました(Mori K, IntensiveCare Med 2011;37:1849-1856)。

研究室配備機器紹介
【培養倒立顕微鏡】
ELLIPSE TS100, Nikon
培養細胞等の検鏡を行い画像としての取り込みも可能
【Real-Time PCR System】
Step One, Applied Biosystems
DNA及びmRNAの定量的解析が可能
カテコラミンの腸管免疫機構及び腸内細菌叢への修飾

腸管は、栄養源の消化吸収を担う臓器であると同時に、Bリンパ球の約7割が存在するなど重要な生体免疫機構を担っています。

一方、腸管には少なくとも約1,000菌種、約100兆個の細菌が生息し独自の腸内細菌叢を構築しています。しかしながら、腸管は”Canary of thebody”と称されるほど脆弱であり、急性期重症病態では、過剰な生体侵襲から腸管免疫機構の破綻が引き起こされます。

当研究室では過剰な生体侵襲により分泌される内因性カテコラミンの腸管免疫機構及び腸内細菌叢への修飾を探求しております。近年の報告では生体侵襲により腸管内腔に内因性カテコラミンが分泌され、またある種の細菌はカテコラミン様受容体を持つことが報告されています。さらに、カテコラミンはリンパ球などの自然免疫担当細胞を修飾し細胞の自己細胞死を加速させるなど、生体にとって負の有害な要素を持ち合わせます。

本研究では生体侵襲により分泌される内因カテコラミンの腸管免疫及び腸内細菌叢への修飾を明らかにし、同時にカテコラミン受容体遮断薬が内因性カテコラミン刺激を遮断し、腸管免疫機構及び腸内細菌叢制御に有益な効果をもたらすとの仮説の下、研究を行っています。

研究室配備機器紹介
【CO2インキュベーター】
ESPEC BNP-110M
様々な条件での細胞培養が可能
【冷却式組織粉砕装置】
Micro Smash MS-100R
TOMYビーズを使用し冷却下で組織粉砕が可能

2)Lipocalin-2/NGALの自然免疫機能の探求

NGALの腸管免疫機構及び腸内細菌叢への関与

Neutrophil gelatinase-associated lipocalin (NGAL)は近年、急性腎傷害(Acute Kidney Injury; AKI)のバイオマーカーとして注目されている22kDaの蛋白質です。

NGALはAKIにより傷害された腎上皮細胞から分泌されるのみならず、好中球に代表される一部の自然免疫担当細胞からも分泌されますが、生体への役割は明らかではありませんでした。

近年、このNGALが、細菌の増殖に必須である鉄の取り込みを阻害しその増殖を抑制することが報告されました。興味深いことに、Klebsiella pneumoniaeを起因菌とする肺炎において、肺胞上皮細胞よりNGALが分泌されることが報告され、NGALが細菌感染に対して重要な自然免疫的役割を担う可能性が示唆されています。

一方、腸管は肺と同様、その内腔が外界に通ずる臓であり多くの細菌が生息し独自の腸内細菌叢を構築しています。本研究では、自然免疫に重要な役割を果たすNGALの腸管免疫及び腸内細菌叢への関与を明らかとし、特に急性期重症患者で惹起される腸内細菌叢異常の制御を目的に、創薬を目指し研究しています。

硬膜外麻酔とSurgical Site Infection

術後創部感染(Surgical Site Infection; SSI)は周手術期における最も代表的な合併症の一つです。

また、術後のSSIの発生は患者さまの入院期間を延長する要因であり対医療費の観点から、麻酔学領域でもSSIの管理は重要な位置づけとして認識されています。SSIの発生には術中の様々な因子、つまり術中体温、血糖値管理、術後疼痛の管理などが関連しますが、近年、硬膜外麻酔や脊髄クモ膜下麻酔などの、いわゆる脊髄幹麻酔(Neuraxial anesthesia)がSSIを軽減させるとの報告が多数なされています。

一方、当研究室では内毒素によって惹起された敗血症疑似モデルで引き起こされる腸管粘膜損傷に対して硬膜外麻酔を併用したところ、腸管壁防御機構がより良く保持されたことを報告し、この結果からも脊髄幹麻酔が生体免疫に作用し、侵襲に対して保護効果を発揮する可能性が示唆されます。 しかしながら現在までの所、これら麻酔管理が何故、SSIを軽減しうるかは明らかではありません。

そこで、本研究では近年、急性腎傷害のバイオマーカーとして注目されている Neutrophilgelatinase-associated lipocalin (NGAL) に着目し、NGALの持つ細菌増殖抑制効果が硬膜外麻酔におけるSSI軽減の一つの機序ではないか?との仮説のから研究を行っています。

3)硬膜外麻酔と癌免疫 

悪性新生物は日本人の死因第1位で、近年の医学薬学の発展に伴い癌治療に対する知見及び手術技術は目覚ましく向上していますが、未だ術後の癌再発は癌治療領域の大きな課題となっています。

一方、周術期医学領域においては、硬膜外麻酔、脊髄クモ膜下麻酔、傍脊椎ブロックなど神経ブロック併用麻酔が、癌手術後の再発率を軽減し、長期予後を改善する可能性が指摘されています。その機序として、麻酔薬あるいは麻酔法が、免疫細胞に作用し術後の癌細胞増殖を抑え患者長期予後を修飾する可能性が示唆されています。癌再発と転移との関連には、NaturalKiller 細胞やCD8+細胞障害性T細胞、CD4+ヘルパーT細胞(Th細胞)等の免疫担当細胞が重要な役割を果たします。なかでも、Th1/Th2細胞は種々のサイトカイを分泌することが知られ、Th1細胞とTh2細胞発現比(Th1/Th2比)は腫瘍免疫の重要な指標となり、Th1/Th2比 が高いほど抗腫瘍活性が高いとされています。

また、Th17細胞は最近発見された新たなThサブセットで、IL-17を放出し腫瘍血管新生を促します。神経ブロックの中でも硬膜外麻酔は術後持続鎮痛の有用性から臨床上多用されている一方、硬膜外麻酔が癌細胞や癌免疫機構に対する詳細な機序を解明する基礎研究はモデル維持の困難性から皆無なのが現状です。

そこで、本研究では硬膜外カテーテルを留置し癌細胞を移植した動物モデルを作成し、免疫担当細胞であるnatural killer 細胞、T細胞への硬膜外麻酔の影響を検討し、癌増殖を抑えるとの仮説の下に硬膜外麻酔の制癌効果について検討しています。

研究室配備機器紹介
【Microplate Reader】
iMark, Bio-Rad
吸光度を測定することで各種蛋白質及びサイトカイン等の定量 解析が可能

研究成果の公表

当研究室では研究成果を広く社会に公開していくため、国内・国際誌への論文投稿のみならず、国内・国際学会で積極的に発表活動を行っております。 特に国際学会への参加は、自らの研究成果に対して海外の研究者からコメントを得る絶好のチャンスでもあり、また、最新の知見に触れることは、日々の研究活動のモチベーションにも繋がります。

論文投稿では、Anesthesiologyなどの麻酔学関連誌のみならずCriticalCare Medicineなどの集中治療医学領域の国際誌への原著論文の投稿を行っております。

国際学会では毎年、米国麻酔学会へ投稿、発表を行い、その他、集中治療医学関連の国際学会への発表も行っております。

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Labo Meeting

「定期的な教授面談による研究進捗状態及び方向性の確認」

研究を行う上で誰もが多くの壁に直面します。特に研究を初めて行う大学院生等にとっては、その障壁はとても大きなものであり、研究を進めるに当たり何度も挫折を経験することでしょう。当研究室ではこのような誰しもが経験する障壁を解決すべく、森崎教授主導の下で定期的に教授面談が行われ、研究に関する種々の問題を一緒に解決していくという、当麻酔学教室独自のスタイルを継続的に行っております。

教授面談では、研究に関する話題として進捗状況や方向性の確認、技術的な解決法を話し合うのみならず雑談も欠かさず行われ、麻酔科研究員のモチベーション向上に繋がっております。

「抄録会による知識の共有と向上」

近年の医学、生物学の発展は目覚ましく、研究において自らの専門領域の知識を深める作業は必要不可欠な行為です。しかしながら、研究を進めると多くの障壁に遭遇し解決への糸口が見いだせず途方に暮れることもあるでしょう。また、自らの専門領域以外に目を向けることは新たな発見を生み出す可能性があります。当麻酔学研究室では定期的に抄録会を開催し、他のメンバーが行っている研究内容を理解する共に、その分野の最新の知見を積極的に吸収しております。

抄録会では最新論文のプレゼンテーションを行うのみならず、自らの研究内容や結果を発表し、他のメンバーと積極的な意見交換を行っております。この意見交換により1人では気づかなかった解決法や新た視点が発見でき、結果的に、自らの研究活動をより効率的かつ効果的に進める手助けとなります。なを、当研究室の抄録会は基本的に英語で行われるため、国際学会に向けた良い訓練の場ともなっております。

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慶應義塾大学医学部 麻酔学教室(直通)TEL : 03-5363-3107(内線61608)