サブスペシャリティ研修:産科麻酔部門
産科麻酔の特殊性はサブスペシャリティ研修をした人にしかわかりません。
一般的な麻酔科医であれば、緊急手術も含めた多くの帝王切開の麻酔を経験したことがあるでしょう。ですが、帝王切開の麻酔管理ができることと、産科麻酔の専門医であることは同義ではありません。危機的産科出血の頻度は決して高くはありませんが、ひとたび発生すれば、一刻一秒を争うような迅速かつ的確な対応が求められます。突発的な状況下で、冷静かつ沈着に自分の頭と体を働かせるためには、深い知識と幅広い教育に裏打ちされた豊富な経験が必要です。多くのハイリスクの妊婦の麻酔管理を経験することで、一流の産科麻酔科医を育成したいと考えています。
母体をまもり、胎児もまもる。それが、産科麻酔です。
妊娠に伴って、母体の呼吸・循環状態は劇的に変化しています。妊娠中のやむをえない手術において、なにが安全な麻酔方法で、どの程度の麻酔深度がベストなのか?使用する薬剤はどの程度、胎児へ影響するのか?それとも、安全に使用できるのか?ひいては、このタイミングでの手術が適切なのか?このまま妊娠を継続していてもよいのか?など、周産期患者の麻酔管理では、一般的な麻酔管理ができるだけでは解決できないような問題が山ほどあります。産科医や助産師、看護師とのディスカッションを重ねて、母体だけでなく、胎児にとっても最適な医療を提供することを目指します。
負担を和らげることで生まれる命がある。
出産はドラマチックであると同時に、ときに苦痛を伴うものです。分娩の進行を維持しながら、それに伴って変化する痛みに迅速に対応していくための麻酔管理は、専門的な技術を要します。当院では2020年7月より産科専従の麻酔科医が配置され、無痛分娩を担当しています。無痛分娩数は徐々に増加し、現在は経膣分娩の約半数を占めています。当院のサブスペシャリティ研修では、痛みや薬剤感受性の個人差を加味した、質の高い無痛分娩の技術を習得するための機会を提供しています。
初めての肺呼吸
出産直後の新生児は、初めて肺で呼吸する機会を得ることになります。それまでは、胎盤からの血流で酸素が供給されていましたが、これからは自分で呼吸をし、肺に酸素を取り込まなければなりません。多くの新生児がその神秘的な変化を乗り越えることができますが、ときに我々のサポートが必要な場合に遭遇します。麻酔科医は気道管理のスペシャリストですが、誰もが生まれたての新生児に適切な対応ができるわけではありません。このように、周産期の麻酔管理では、幅広い知識と技術が求められます。
産科医の麻酔研修
最後になりましたが、麻酔科医の産科麻酔研修だけでなく、産科医の先生の麻酔研修も受け入れております。産科医の先生に無痛分娩や帝王切開を含めた麻酔管理を担当していただき、脊髄くも膜下麻酔だけでなく、硬膜外麻酔や全身麻酔での手技や管理方法を習得してもらうプログラムです。それぞれのご要望に応じた研修プログラムを組むことができ、麻酔科標榜医の取得を目標にしています。個人のスキルアップだけでなく、診療科間のコミュニケーション向上にも寄与しています。
慶應義塾大学病院 産科麻酔担当講師 大橋夕樹